• 2018年12月24日月曜日
ウズマスターの日々
ウズマスターの日々 https://blog.uzumax.org/2018/12/blog-post_15.html

技術者の限界

ハゲワラwwww
みんな苦労しているんだな。

しっかし、どうすれば良いんだろうね、これ。(´・ω・`)


感情的な問題

この問題、あらゆる場所で頻繁に問題になるんだけど、僕は結局は感情とか、かなり人間味のある所に帰結する話だと思っている。

普通、僕みたいなエンジニアはプロジェクトを合理性の問題だと考えるでしょ?

僕もずっとそう思っていたんだけど、でも、最近何か違うって思うようになったんだよね。世の中はそういう風に回っていないと言うか、システムエンジニアの目線から見える合理性の話ってのは凄くちっぽけな話


システムエンジニアの合理性を超える巨大な力がこの世には存在する。


(´・ω・`)


例えばさ、

  • 大規模
  • 短納期
  • 仕様不明瞭

この条件が揃ったプロジェクトなんて成功する可能性はこれっぽっちも無いわけよ。

当然、エンジニアは無理だと主張するんだけど、その主張は通らない。
そのエンジニアが本当に正しい事を言っているかどうか分からないからだ。

聞いている方の耳をフィルターすると、

  • アイツは無理って言うけど、単にやる気が無いだけではないか?
  • コキ使えば何とかなるのではないか?
  • もっとスキルの高い人間なら可能ではないか?

と思うのは無理も無い話で、ごもっとも。

そりゃ根拠とか数値とかも出せるけど、根拠自体もデタラメである可能性がある以上、水掛け論である。

そしてココに、

  • (´・ω・`)「出来ないっす」
  • ( ゚Д゚)「出来ます!!」

の二人の人間が並んだ場合、当然ながら後者の( ゚Д゚)が重用され、前者の(´・ω・`)は排斥される。

そして当然のようにプロジェクトは大炎上、大失敗するんだけど、結果が出た後の評価はどうなるかと言うと。

  • (´・ω・`) ⇒ 始める前からバックレやがって!!
  • ( ゚Д゚) ⇒ 結果的には失敗だったが、最後まで逃げずに頑張ってくれた。

ってなるんだよ。

これが不思議!!

僕自身も経験あるもん。

僕ってプロジェクトをブチ壊すのは得意なんだけど、前のプロジェクトをブチ壊した時も、プロジェクトの過程では


( ゚Д゚)「テメーが滅茶苦茶やったせいでこんなことに!!」
(´・ω・`)「すいません」


なんだけど、みんな愛想を尽かして出ていく中、最後の最後まで居座り続けているうちに、いつの間にか、


( ゚Д゚)「何だかんだで最後までよく頑張ってくれた」
(´・ω・`)「ありがとうございます」


に擦り替わってるんだわ。

客観的に見たら自分で放火して自分で消化しているだけのマッチポンプなんだけど、当事者は案外、放火の方は余り覚えておらず、消化している姿の方を覚えているのよ。

馬鹿馬鹿しいとしか言いようが無いんだけど、実際、こういう風に回ってるんだ。

そういうのを見てしまうと、僕が技術者として配慮している、

  • マネージメント
  • 要件定義
  • 設計
  • 品質

などの合理性に根差した進行というのが、実はゴミのように小さな話でしか無いことを悟る。
「技術者の限界ってのがこの辺りにあるんだなぁ」と、最近よく思うわけよ。

だから、冒頭のツイートにあるような、

  • 圧倒的に短納期
  • 変わらないエンド
  • 締結できない契約
  • 仕様も知らずに走ろうとするプロパ&パートナ
  • 面子のために死守する納期。トレードオフされた品質 

なんて状況が間違っているというのは全く正しい話なんだけど、その正論が通ることは決して無い。

「じゃあどうすりゃいいんだ?」と聞かれてもそれは分からんのだが……。

分からないのは、たぶんまだ僕の頭が技術者だからだろう。
しかし、もう少しの所まで来ているような気がするんだよな。

何とかして、僕は技術者から脱却したい。

この業界には「成長」とかいう言葉が良く出てくるけど、Javaを覚えたとか、Pythonを覚えたとか、AWSを覚えたとか、そういうのはもう僕の中では「成長」ではない。

  • 成長=技術者ではなくなること

が僕の「成長」なわけよ。

とは言え、

「技術者ではない」⇒「じゃあ何よ?」

と尋ねられても困るんだが。

は~、人生何とかしたいもんや。(´・ω・`)

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