• 2026年4月12日日曜日
ウズマスターの日々
ウズマスターの日々 https://blog.uzumax.org/2026/04/blog-post_12.html

黙禱拒否

 死傷事故を起こした同志社国際高校だが、僕のジュニアと同じ日、金曜日が入学式だったんだね。(´・ω・`)

同志社国際高校の始業式 西田校長の挨拶「事故の直接的な原因は学校にはありません。ネットで騒がれているような思想的、政治的な平和教育ではない。学校はそんな教育を絶対に提供しない。学校の歩みを止めるわけにはいかない」黙とうもなし…

いや、黙祷くらいするでしょ、普通……。

言いたいことは分かるけどね。

この事件は余りにも無責任で、批難もかなり加熱している。デマも相当量に含まれていると思われ、真実は真実、デマはデマとして分けて考えなければなりませんよ、と。

それはそうだ。

しかし、黙祷が無いのは違和感……と言うか、やらかしたな。

デマとか真実とかそういのはさておき、黙祷はとりあえずやるじゃんね、普通。

言いたいことがあるにせよ、「色々ありますが、まずはみんなで黙祷を……」から入って、何かあるにしてもその後。それが普通の段取りだろう。

それを何で黙祷しなかったんだろう? 「忘れていた」とか、「必要と考えなかった」とか言うより、「わざと黙祷しなかった」と考える方が自然であると思う。

では、何故わざと黙祷しなかったのか?

恐らく、同志社国際高校は今や被害者意識を持ち始めている

「生徒を事故で死なせちゃったのは事実だけど、だからと言ってここまで批難されるほどだろうか?」と。

日本中からの轟轟たるバッシングの嵐にさらされ、警察の捜査が入り、これから文部科学省も介入してくるに至り、「自分たちは過剰に懲罰を受けている」と被害者意識を持つようになった。

そして今や「死んだ女子生徒とその遺族こそが世間を煽って過剰に我々を害する加害者であり、自分達の方こそがむしろ被害者だ」と考えるようになった。

だから「何で自分達があんな女子生徒の為に黙祷なんかしなければいけないのか」「意地でも黙祷したくない!!」と。

こういう考えから、入学式で黙祷を行わないという判断になった。

僕の予想としてはこんなところだろう。

これからどうなるのかねぇ。

問題の本丸である反米活動団体は、元から支持なんて全然無いノイジーマリノリティみたいな老人集団だから、何を言われようが頬被りを決め込む、というムーブで寿命まで逃げ切るのだろうが。

同志社国際高校の方は現在進行形の学校だからね。大勢の生徒がそこにいる。5年10年と風化するまで頬被りを決め込む、というスタイルでは使えないだろう。

近日中に文部科学省が介入するというニュースが流れているし、来年は新入生の募集も出来るかどうか。

とはいえ今もここに生徒が通っている学校なんだから、生徒が無事に大学まで進学できるように取り計らって欲しいね。

出身者が極左エリート高校の汚名を背負っていくのは既に固まっているのに、偏差値まで下がったりしたら悲惨過ぎるでな。(´・ω・`)

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